クマの寝床

かつて敗者だった人と、これから敗者となる人に捧ぐ

ファースト レーシング

 まず僕は運転免許を得てまだ年月が浅いため(初心者マークをつけている)、車を運転して気付かされることがたくさんあるのだが、先日友人と車で旅行した際に極めて面白い体験をしたのでこれをここに書きたい。

 

それは海岸線をドライブしていた時の話である。

観光地から宿へ戻ろうとおよそ100kmにわたる真夜中の道のりを運転し始めて少し経った時、後ろから大型トラックがこちらを猛烈に煽ってきていることに気付いた。

どれだけ僕がスピードを出しても「素人はさっさと道を譲れ」と言わんばかりに近距離を保ってついてくるのだ。

そのトラックはライトの色合いからかなりの自己主張の伺われ、同乗していた僕の友人は「怖いから道を譲って先に行かそうとよ」と不安がっていたが、僕は初心者ドライバーであるにも関わらず、自分の運転テクニックには割に自信を持っていたので、

「抜けるもんなら抜いてみろ」と譲らずトラックに真っ向から立ち向かってやることに決めた。

 

こうしてレースの火蓋は切られたのだった。

 

相手はプロのトラックの運転手であることもあり、職業として毎日運転することで培われた経験や技術、そしてなるべく早く荷物を届けたいの一心が生み出す爆発的なそよスピードは、僕の現状の力量とは段違いであることはレースが始まって少ししたところで思い知らされてしまったが、

それでも僕は初心者なりの成長の速さを武器にコーナリング技術を着々と身に付けていったことで、海岸線特有の連続するカーブの処理能力がみるみるうちに高まり、相手との距離を一時的にではあるが離したりと、それまでには考えられなかった状況が生まれてきたことで、自分の成長を実感することが出来た。

 その時の僕の感情を完全に文字に著すのは僕にはできないが、そこには快感や恐怖、さらには極度の興奮と、それと相対するはずの冷静さが共存していた。

車内を流れるサカナクションのアルバム「kikUUiki」が、僕のそれらの感情一つ一つをさらに深めていった。

 

 

「相手は僕を初心者だと思い煽ってビビらせて暇つぶしでもして、あわよくば抜かしてさっさと先に行こうと考えていただろうが、僕の急な成長にさぞ驚いてることだろうな」

などと相手の心を読みながら、極限のレースが続いていくと、はじまって20km程たったその時、はるか先に一台の軽自動車が見えた。

 

「ああ、この片側一車線が続く道では前の車抜かせないだろうし、このレースにもとうもう終わりが来たか」と一抹の別れの寂しさを胸に抱きながら、前の車の後をついていた。

前の車はやはりゆったりしたもので、それまでの激戦の影響から前との車間距離が自然に短くなってしまうのはもはや避けることが出来なかった。

ぬるい、ぬるいぞとドライブの悪魔に取り憑かれたかのごとくゆっくりとしたドライブにしびれを切らしていると次の瞬間、突然前の車のスピードが猛烈に早くなり始めた。

それまでのゆったりした運転とは打って変わって鋭いコーナリング、適切なブレーキタイミング、そして直線に出た時の確実な加速から、僕を一瞬で置き去りにしたのだ。

 

なんだ?どうして急に前の車(以後「軽」とする)は目覚めてしまったんだ?と疑問を感じるやいなやハッと思った。

つまり、今まで僕が「軽」と車間距離を詰めて詰めて走っていたことが、後ろのトラックに僕が煽られていたレース開始時の状況とまったく変わらなかったのだ。

 「軽」は僕がトラックに抱いた恐怖や憎しみを僕に抱いているのかもしれない、そう思うと少しばかり申しは訳なさを感じたが、嬉しいことにレースは「軽」が参戦して三台となって再開された。

 「軽」もまた凄まじく早かったが、彼らは僕の前を走っていることもあり、彼らについていくことでカーブの方向等を考える必要がなくなり、僕は運転に専念することが出来た。

 

また、「軽」の安定したブレーキタイミングとコーナリング経路を後ろから観察することで真似ることもできたので、まるで運転の師匠を得たような気分になった。


おかげで僕は、アウト・イン・アウトを習得した)

 

三台によって繰り広げられたレースは熾烈を極めた。

途中「軽」の前方には再びゆったり運転した車が現れたが、僕ら3台の存在に気付くや否や途中で回れ右をして棄権してしまった。 


山道から見える夜空にいつの間にか三日月が顔を出しており、車内ではついさっき流れていたはずのサカナクションの曲が再び流れていた。

そしてそのまま永遠にこう着状態が続くかと思われたが、「軽」が加わってから40km程経過したとき、「軽」がどんどん失速していることに気が付いた。

 先程までの威信はすっかり消え、僕らとの車間距離は縮まる頻度が増えた。

 「師匠、どうしたんだ?さっきまでのスピードはどこにいったんだ?」

と、どういうわけか僕は失望と怒りを覚えていたがどうやら「軽」は意図的に減速しているようである。

 

僕は途中からはこの「軽」を師のごとく敬い成長してきたが、師匠のほうも僕を一人前と認め、

 「お前に教えることはもう何もないから、俺を超えて早く先へ行け」

 と言っているかのような気がした。

なんとなく、「軽」の背中からそんな風に感じることが出来たのだ。

 その時、ちょうど良いタイミングでその山道で最長と思える直線道路に来て、対向車線のはるか先の曲がり道まで車は見えなかったので、

僕は師匠への感謝を胸に、対向車線に出て思いきり加速し、師匠を抜き去った。

 

師匠との修業を思い返すと、

少し涙が出た。

 

そして一人の男としてのドライブが始まるのか、と

真っ暗な道を照らし進んでいこうとすると、先程抜かした師匠が猛烈に僕を煽ってきていることに気付いた。

 

一瞬状況が読めなかったが、

「次会ったときはお互い敵同士だ」という三文映画にありがちな展開にどこか似ているなと思い、

敵と化した元の師匠の「軽」の追い上げに必死に抗っていた。

 

長時間に渡る極限状態に僕の体の節々はもはや悲鳴をあげていたが、

それでも僕はレースを続きていた。

同乗していた友人たちまでも緊張した面持ちでレースを観戦し、

車内に会話は無く、三周目に突入したサカナクションのアルバムだけが鳴っていた。


すると 突然、後部座席に座っていた友人が後ろを振り向き叫んだ。

 

 「トラックが軽を抜いた!!」

 

!?!?

 

師匠は敗れたのだった。

 

そして悲しみに暮れる暇もなく、バックミラーには異様な色のライトを纏うトラックが妖しく映った。

バックミラーに久しく映るそれを見て、僕はもはやトラックが何十年来の友のように思えた。

懐かしかったのだ。

言葉を交わしたことはなかったが彼とはこのレースが終わったらうまい酒を交わせる気がした。

 

100キロに渡るのレースはそれだけ僕らの間に関係を築いていた。

 

 

初めは到底かなうことのなかった相手

レースに勝ちたいという思いから生まれた僕の成長

師匠との出会い

師匠との厳しくも愛の感じた修行

別れ


そして、それらを経て再び交わることとなったライバル

 

レースはその日の最高潮に達し、

僕はこれまでの人生で得たすべてを使い必至に戦った。

 

全てを賭けたレースのさなから僕の心は純粋なひとつの感情に占められていた。

 

そう、僕はただ最高に楽しかった。

 

 

 

そして僕は自分の中で大きな何かが目覚める音を認めたところで、このレースの幕は降ろされた。

 

 

レースの結果については敢えてここには書かないが、

僕はこの日宿についてもなお興奮していた。

 

そしてその夜は朝まで眠りに就けなかったほどだ。

 

 

新たなものがたりが始まっていたのだ。

一人の人間が挫折し、師と出会い、成長していくものがたり。

その人間が生まれ変わり、一つの世界から別の世界へと移っていき、まったく知らなかったあたら新しい現実を知るものがたりである。

これは新しい作品のテーマになりうるだろうが、

   このものがたりはこれで終わった。