クマの寝床

かつて敗者だった人と、これから敗者となる人に捧ぐ

恐るべき人間の本性


今日は朝から非常に楽しく呑気に過ごしており、

母と談笑を楽しんでいたところ、

ある知らせによって私もとよりわが家は

一転して暗い悲しみに包まれたのだ。

 

その時生じた少し奇妙に思えた体験をここに書きたい。

 

 まず、今日のこの出来事を記すに当たって、

少し月日を遡ったところから説明せねばなるまい。

 

まず初めに、 

私の父はおよそ一年前に癌を患った。

癌は二か所あったため二回にわたる大手術が必要だったのだが、手術自体は今年の5月頃にすべて終了した。

 

その二回の手術の間と後には、癌が転移しないように抗がん剤治療を受けていたのだが、

これが実に大変そうで、父は傍目から見てもみるみる弱っていくのが分かった。


しかし、それでもなんとか父は抗がん剤に耐え、投薬が終了したのはおよそ三か月ほど前になるだろうか。

 

 その後、定期的に病院へ検査しに行くだけで良いようになった父は、少ししてからまた仕事を再開した。

 

 このまま徐々に元気を取り戻してくれるかと思われたが、やはり以前のような快活さは無く、日々の生活をこなすのがなかなか大変そうであった。

最初は療養明けなので仕方がないかと皆で言っていたのだが、

日が経てばむしろ逆に父の体調は悪化していってるように思えた。

 

しかし、直前にした検査の結果は非常に良好なものであったため、時間が経てば体調も安定するだろうと誰もが信じていた。

 

まあ、本人もそう思いたかったのだろうし、僕ら家族も癌の再発をあえて仄めかしたりは勿論出来なかったのだ。

 

その後しばらく経つと、父は体の節々の痛みを訴えだし、

訴えの頻度はどんどん増していき、

夜は鎮痛剤入りのシップを張らないと眠れないまでになったので、

見兼ねた僕は気軽を装い「病院に行ってみたら?」と提案した。

 

そして父は検査へ行き、本日その結果が分かったわけだが、

非常に鋭い頭を備えたごくごく一部の読者ならもう察しているのかもしれない。

 

父に癌の再発が見つかったのだ。

 

今度は四か所だった。

 

二か所であった以前でさえあれほど苦しそうでそれでも根治できなかったのに、

四か所となると、はっきり言ってもう父の癌は治りそうにない気がするのだが、

そう考えた時に僕にはさまざまな思いが頭を巡った。

 

子供たちを食わすために働いてきた父

 

彼は僕らを子供に持ってしまったばかりに、自分のためではなく家庭のために生きることを強いられ、それでも文句を少ししか言わず(ちょっとはあったが)遅くまで働き、毎日満員電車に揺られ会社を往復し、夜更かしにもかかわらず朝は五時半に起きて寝ている僕らを起こし、その後に家を出ていった。

 

なんて堅実な父親であろう。

僕ら兄弟が賜った生によって、昔はミュージシャンを目指していた父は勤勉にならざるを得なかったのだ。

 

彼の人生をこのようにした僕らには、それに値する生きる価値はあるのか?

僕らはやはり彼らにたくさんのことを与えるべきではないか?

 

いわゆる恩返しというやつであるが。

 

まあ恩返しのことは僕がこれから考えていくべき内容であるので、今あえて書くつもりは無い。

とりあえず、以上の一連の出来事により一家は暗い空気に包まれるかにみられたが、

こういう状況を体験した人ならご存知かもしれない。

例によってわが家でも、場を取り巻く空気の暗さは直ちに無くなり、ぎこちない明るさによって満たされていた。


このぎこちない空気は、当人の虚勢、及びその他の人間による気遣いにより生じるのだが、

父の張る虚勢は常人のそれを遥かに超えており、

癌転移を宣告され家に帰って来た時、彼は玄関のドアを開けながら口笛を吹いていたほどだ。

(しかしこの口笛を聞いて僕は父の診断の結果が良いものでは無かったことを察した。

やはり僕には、父の血が通っていたようだ。)

 

話は戻るが、このぎこちない明るさが暫く続いたとき、

インターフォンが鳴った。

 

それは弟によるもので、鍵を忘れたため玄関を開けてほしいとのことだったが、

僕は階段を下りながら弟に今回の悪報をどのように知らせるか、まだ小さい弟に言うべきかどうか、思案しているときにふとギクリとした。

 

僕は今回の出来事を心の底から悲しみ、父には大層同情していたが、

それを上回って、僕はこの話を弟に言いたくて言いたくてうずうずしていたのだ。

 

もちろんこの興奮は他でもく、弟を脅かしたくて、え!?っと言わせたくて堪らないというところから生じた興奮であった。

 

なんて俺は馬鹿なんだ、なんて低俗なんだ?

自分の感情が理解出来ず、ただ自分を恥じた。

 

そして自分で自分を恥じながらも、しかし同じような体験を以前にもしたことがあった。

 

これはある小説の一場面においてこの心情を的確に表現されていたのだ。

以下である。

 間借り人たちはひそかに奇妙な満足感を味わいながら、次々と戸口のほうへ下がって行った。それは近親者の突然の不幸に際して、最も近しい人々でさえ必ず覚える感情で、どんなに身につまされて心の底から同情したところで、やっぱり誰一人免れることのできないものなのである

罪と罰

 

今これを書くためにこの文章のある箇所を読み直しましたが、

全く今の僕の状況とかわらないじゃあないですか!!

 

ということはこの愚劣極まりなく思われた感情は、僕だけではなく人間全般に当てはまるものなのですね。

 

いやしかし、人間とはなんて不可解なのだ?

 

このような悲しむべきであろう瞬間にさえ、

こんな馬鹿みたいな感情がつきまとってくるのか。

 

僕はできれば純粋に父を嘆いていたかったのに。

 

おそらくこうした感情は、今後のどんな極限の状況においても付きまとってくるのだろう。

何かを泣きながら、笑いながら、怒りながら、その感情それ自体に溺れることは許されず、

愚にもつかぬ事に思いを馳せているのだろう。

 

なんて生き物だよ人間て奴ぁ

 

しかしこれこそ人間のリアルであり、創作の世界からは覗くことのできない一面なのだ。(ドストエフスキーはその点において極めて優れている)

 

やはり、読書では世界を知ることなど出来ないのだ。

本の世界を神格化し祭り上げていたこれまでのぼくであったが、今回の件でしかと思い知らされてしまいました。


よし!


よし!!

ということで、これより僕は本を捨て、町に出るとしよう!